ソ連沼シリーズのつづき。前回 → なぜ検閲マンを推せるのか。
前回「M.A.スースロフは実はめちゃくちゃ怖い人です」と書きました。今回はその実例です。推しのいちばん推せないエピソードです。
小説が「逮捕」された日
ヴァシリー・グロスマンという作家がいます。
スターリングラード攻防戦を最前線で取材した従軍記者で、トレブリンカ絶滅収容所のルポ(『トレブリンカの地獄』)を世界で最初期に書いて、ニュルンベルク裁判の資料にもなった人。戦争中はソ連にとって功労者中の功労者でした。
そのグロスマンが書き上げた大河小説が『人生と運命』。
スターリングラードを舞台に、ナチズムとスターリニズムを「同じ全体主義」として並べて扱ったようです。
1960年、グロスマンが原稿を雑誌に持ち込み→編集部はこれを載せるかどうか判断できず当局へ相談(事実上の密告)。
1961年2月、KGBがやってきて自宅と編集部を家宅捜索。原稿、下書き、カーボン紙、タイプライターのリボンまで押収。
作者は逮捕されませんでした。原稿だけが逮捕された。
* * *
「読んでいないが、200年は出せない」
グロスマンはフルシチョフに直訴の手紙を書きます。
で、党の回答者として面談に出てきたのが——スースロフ(推し)です。
1962年、スースロフはグロスマンにこう言い放ちます。
「私はあなたの本を読んでいないが、出版できるとしても200~300年は先でしょう」
(数字は証言によって200年、250年とブレがありますが、「桁がおかしい」ことは共通しています)
おまけに「パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』より危険」「核爆弾なみの破壊力」という評価つき。
スースロフの繰り出したパンチラインがすごい。作家の敵すぎるだろ😂せめて読んでから来いや!
グロスマンは1964年、癌で死去。「この本が出版されることはない」と信じたまま亡くなりました(´・ω・`)
ここまでが暗い話。
* * *
しかし歴史は200年も待たなかった
ここからです。
友人の詩人リプキンが、グロスマンの原稿の写しをこっそり保管していました。70年代末、作家のヴォイノーヴィチと、サハロフ博士(ソ連水爆の父にして反体制活動家)らの手でマイクロフィルム化され、国外へ持ち出されます。
そして1980年、スイスのローザンヌで出版。
1980年、スースロフはまだ生きてます(死去は82年1月)。
検閲マンが「200年後」と宣告した本が、自分の目の黒いうちに国境の外で出てしまった。
どんな顔をしたのか、記録は残っていませんw
さらに1988年、ゴルバチョフのグラスノスチ(情報開示政策)で、ついにグロスマンの「人生と運命」がソ連国内の文芸誌に掲載。逮捕から200年どころか、27年でした。
そしてその3年後。ソ連のほうが先になくなります。😂😂😂
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大河としてエモい
近くで見れば、これは推せない話です。功労者の作家が、原稿を読んでもいない役人に人生の結晶を潰されて、失意のまま死んだ。作家の敵。以上。
でも視座をぐっと上げて、30年スパンで引いて見ると——
タイプライターのリボンまで没収した国家権力が負けて、隠されていた紙の束が勝つ。エモい。
作家も、差し止めした役人も死んで、本だけが生き残っていまも世界中で読まれ続けている。
表現って権力より足が遅いけど、最後には追い抜くんだなぁって。
前回、「検閲されない場所から検閲マンを愛でられるのは皮肉だ」と書きました。
その続きで言うなら——スースロフを推すというのは、この「表現が最後に勝つ」までの歴史のうねりを感じられるからなのかもしれません。
つづきます。
* * *
【追記】 この記事を書くにあたり、「役人に読まれもせずに200年の刑を宣告された本の話」を、読まずに書くわけにはいかないので。『人生と運命』の1巻をポチりました。中古でも2200円。お財布が軽くなりました😂
届いたら感想回をやるかもしれません。