ソ連沼シリーズのつづき。前回 → ジューコフの話。あのラストで「同じマンションに推しのスースロフが住んでた」と引いたので、今回はいよいよ本命、スースロフ本人の話です。ベリヤ回((1)/(2))とも対になります。
まず顔がいい
身も蓋もないですが、まずはそこからです。
ちなみに「誰に比べて顔がいいのか」というのは同時代のソ連の政治家と比べてということで、そのへんをご承知おき頂きたく。
細面で、長身にロマンスグレーの髪。黒縁ウェリントンのメガネ。
何がとは言わないがラヴちゃん(ベリヤ)にはないものを持っている。(ラヴちゃんごめん。)
ただし、服はダサいかもしれない。スースロフは何十年も同じコートを着ている。そして雨でもないのにレインコートとガロッシュ(革靴に履かせるカバー)を履いている。
おいおい…政治家なのにどうして天然系不思議ちゃんみたいなキャラ建てしちまったんだい…?
これには理由があって、スースロフは若い頃に結核を患っていたため。寛解してからも絶対に体調を崩したくなかったらしい。めっちゃわかる🤝 私もコロナ禍以降は、夏でもマスクが欠かせない。
メガネ男子で服がダサい。そこがいい。 おしゃれだったらモテモテになってしまう。たぶん同担は少ない。(知らんけど)
* * *
で、この人は何者なのか
M.A.スースロフ、実はめちゃくちゃ怖い人です。
スースロフは「灰色の枢機卿」と呼ばれた、ソ連の思想の番人。1947年から1982年に死ぬまで、党のプロパガンダ部門をがっちり握っていた人です。表のトップ(スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ)が入れ替わっても、裏でずっとイデオロギーの純度を管理し続けた、超・長期政権の黒子。
前回のジューコフ回を覚えてますでしょうか? 1957年にジューコフを「ボナパルティズムだ」と弾劾して失脚させた張本人。あれがスースロフです。
そしてこの人の本業のひとつが——検閲。 出版・新聞・映画・放送を、党の都合に照らして「これは国民に見せてよいか」で裁く側。ソ連の検閲機関グラヴリトの、いちばん上にいる思想担当書記。
……映画や出版物を検閲する人、絶対イヤじゃないですか?(笑)
あなたの好きな映画や私の書いた原稿を「これはダメ」で止める男ですよ。
ベリヤとは違う怖さを持っている。
ソ連が崩壊していなくて、かつ故人じゃなかったら、絶対に推してない。
で、本題です。こんな人を、なんで推せるのか。
答えはたぶん、全部距離なんですよ。
- 故人(1982年没)=時間の距離
- 裏方No.2=権力の中心からの距離
- 記録が薄い=情報の距離(=妄想の余白)
- 表現を止める側=本来なら嫌悪する側。近ければ最悪
近ければ嫌悪。遠いから興味を持って観察できる。
そして、いちばん大事なこと
もうひとつ。なんで私が、こういう人を安心して推せるのか。
それは、私が表現の自由がある日本にいるからだと思うんです。
彼がかの国で絶対に許さなかったはずのこと——推しの同人を描く。推しを調べて、要約して、敷衍…というか妄想に近い文章を書き散らす——を、私はやれる。もちろんなにを書いても表現無罪とはいかないし、書いたものには責任が伴うけれど。
でも、この検閲マンについて、検閲されない場所から愛でられる。この上ない皮肉であり、同時に「表現の自由、ありがとう」とありがたさを感じる瞬間であります。
だってさ、ここがソ連なら、このブログはきっと404 Not Foundになってるよ(笑)。
つづきます。